ずいぶん長いこと。

ブログを放置してました。


っても一週間ですが。


たぶんこのブログを初めてから最長です。


その間には、誕生日(7日)を迎えて、一つ年を取りました。


前の記事に書いたことを、ずっと考えてました。


前回書いて以来、何人かの方がメッセージをくださいました。


ひとりひとり、図ったかのように違った意見をくれました。



それが大勢の人のやり方と違っても、その道を極めて新しいスタイルを作ってほしいと言ってくださった人。


それに気づいたなら音楽性を高める練習して行けばいいじゃないかと言ってくださった人。


今は決めなくてもいいから、続けていけばいいんじゃないかと言ってくださった人。


誰に評価してもらいたいかによって方向性は変わるんじゃないかと言ってくださった人。



わざわざメッセージいただいて、本当ありがとうございました。



結局考えて考えて、まだ結論は出ていません。



もちろん、音楽性かテクニックかなんて、どちらかに決める必要はないんですけど。



ただ、アサラトをする多くの人は、音楽性を追及しているのも事実。


HIFANAも、アサラトナイトのフリースタイルバトルの審査の席で、「音楽にあってないと技は意味ないから」とという意味合いのコメントを言っています。



結論は出なかったけど、でも一つだけはっきりと思ったことがあります。




「意味ない」




なんてことは絶対にない。


上記のような意味合いのセリフはHIFANA以外からもよく聞きます。


だけど僕は、たとえHIFANAの言葉にだって、どんなアサラトプレイヤーの言葉にだって、これには反論できます。


「音楽じゃない」って否定なら分かるし、そのとおり。


だけど、「意味ない」なんてことはない。


それを言ったら、世の中の大多数の人に、おそらくアサラトなんてなんの意味も持たないのだから。



音楽重視のプレイヤーの中には、しんごやHINDOUといったテクニック重視のプレイヤーの、テンポやリズムそのものが止まってしまうような技を、すぐにさっき言ったような

『それじゃリズムが』

という言葉で形容してしまう人がいる。



ちょっと寂しいなぁ、と思う。



僕らは音楽重視のプレイヤーの演奏を聴いて、

『それじゃテクニックが』

なんて口が裂けても言わないのに。



元がアフリカの子供のおもちゃで、日本のジャグリングショップでも売ってるアサラト。


クラシック音楽の楽器のように、正確な音楽を奏でる使命だけを持ってこの世に生まれてきたんじゃないと思います。


もっと自由にやりたいものです。





珍しく、思ってたことをすごく長く熱く書いてしまいました。


ちっぽけな木の実二つの楽器、やらない人にはなんのことやらかもしれませんが、何年もやっているとやっぱり思うことがあるんです。

読んでもらってありがとうございます。


明日からはまた明るいネタ書いていくのでよろしくお願いしまーす!!
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by balink8 | 2011-01-10 12:23 | アサラト  

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